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母の日と童謡「肩たたき」の由来 — 大正12年から続く家族文化

所要時間:約7分

母の日が5月第2日曜になるまで

母の日の起源は1907年(明治40年)のアメリカ。アンナ・ジャーヴィスという女性が亡き母を偲んで教会で白いカーネーションを配ったのが始まりとされます。 1914年にアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンが「5月の第2日曜日を母の日とする」と公式に制定し、その後世界に広まりました。

日本では大正末期から昭和初期にかけて少しずつ普及。 戦前は皇后誕生日(3月6日)を母の日としていた時期もありましたが、戦後はアメリカに倣って5月の第2日曜日に統一されています。 母の日は日本の祝日法(昭和23年法律第178号)の祝日には含まれていませんが、社会的にはほぼ祝日扱いの定着度です。

童謡「肩たたき」 — 西條八十・中山晋平、1923年

「肩たたき」は西條八十作詞・中山晋平作曲、1923年(大正12年)発表の日本の童謡。 「母さんお肩をたたきましょう タントンタントンタントントン」で始まる歌詞は、子どもが母の肩をたたく日常風景をリズミカルに描写しています。

西條八十(さいじょう やそ)は東京府生まれの詩人・作詞家。 童謡だけでなく流行歌・歌謡曲・映画主題歌など膨大な作品を残した昭和を代表する作詞家のひとり。 「肩たたき」発表当時は早稲田大学英文科の助教授で、まだ30代前半でした。

中山晋平(なかやま しんぺい)は長野県生まれの作曲家。 「シャボン玉」「証城寺の狸囃子」「東京音頭」など、日本人なら誰もが耳にする曲を多数作曲しています。 「肩たたき」の軽快な「タントン」のリズムは、彼の代表作のひとつとして昭和の小学校音楽教科書に長く採用されました。

なぜ「肩たたき」が定番文化になったか

戦前・戦後の日本では、肩こりが「現代病」として広く認識されるようになりました。 農作業・家事・育児・縫い物などの長時間の前傾姿勢、布団敷きの上での座位など、肩への負担が高い生活様式が中心だったためです。

子どもが親の肩をたたいて疲れを癒す「肩たたき」は、家庭内の日常的なスキンシップとして全国に定着していました。 童謡「肩たたき」の普及と相まって、母の日の前後に子どもが「肩たたき券」を手作りして母にプレゼントする習慣が、昭和30〜40年代に学校の図画工作の時間などを通じて広まったとされます。

日本独自の「肩たたき券」文化

欧米にも母の日のプレゼントとして手作りクーポン(coupon book)を作る文化はありますが、「肩たたき」を券のメインモチーフにするのは日本固有です。 これは:

  • 童謡「肩たたき」の全国的な普及
  • 家庭内の身体的スキンシップとしての肩たたきの定着
  • 「肩こり」を日本独自の身体感覚として表現する文化

の3点が組み合わさって生まれた文化と考えられます。 英語圏では「shoulder massage」「back rub」と訳されることが多いですが、軽く叩く動作(肩たたき)は欧米にはない独特のものです。

カーネーションと肩たたき券の組み合わせ

母の日の定番プレゼントとして赤いカーネーション肩たたき券を組み合わせて贈るのは、昭和の小学校教育で広く推奨されてきたスタイル。 カーネーションには「母への愛」「無垢で深い愛」の花言葉があり、肩たたき券の「いつでも肩をたたきますよ」という実用的な約束と相性が良いとされてきました。

ただし、亡くなった母には白いカーネーションを捧げるのが伝統的な作法。 母が健在の場合は赤、亡くなっている場合は白という使い分けが昭和初期から続いています。

現代の肩たたき券の使われ方

令和の今日、肩たたき券は次のような場面で贈られています:

  • 母の日(5月第2日曜):小学校の図工で作る定番。
  • 父の日(6月第3日曜):父向けに券名を「肩もみ券」「あんま券」に変更。
  • 敬老の日(9月第3月曜):おじいちゃん・おばあちゃん向け。
  • 誕生日:年齢を問わず実用的なプレゼント。
  • 結婚記念日:夫婦間で「家事代行券」「マッサージ券」のセットを贈る。

手作り感を残しつつ、印刷ツールで券面をきれいに仕上げるスタイルが現代風です。

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